Archive for 1月, 2013

2013年 年頭所感

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新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
皆様にとって、良き年になること心よりお祈り申し上げます。
当社としてもおかげさまでスタートして13年無事に終え、第14期となります。2013年は、日本にとっては正念場な一年になると思います。世界経済の低迷に回復が見込まれています。日本も例外なく成長シナリオとなっていくように予測されていますが、米国経済の動勢と対比してみていると日本経済には不自然な部分が多くあるように思います。
例えば、雇用部分。米国では、リーマンショック後、失業率こそ10%超えるなど大きく減少したが時給は下がっていないのです。労働者の人数や時間はカットするが時給は下げない。2006年以降、米国の平均時給はずっと緩やかに右肩上がり(2006年の時給は20ドル前後が2012年後半時点で23ドル後半)。
つまり、量を減らしても質は落とさない。
それで、経済回復してくると雇用数は増え時給も上がるのです。 日本は、非正規社員の問題があったり、賃金が下がり続けている。要は、質を落として量を減らさない。
視点をずらして考えてみると、米国では失業さえしてなければ、収入は落ちていないので、経済が緩やかにでも回復してくると、消費が活発になり購入意欲も戻ってくるのが早い。それに合わせて米国の不動産(住宅)市場も昨年末より改善が明確になってきています。
しかし、日本の状況はデフレが慢性化して、賃金も下がったままで生産性(GDP)も下落。そして、そこに増税。可処分所得が減るから、財布の紐はしまり不動産(住宅価格)も落ちるっていう合併症状態だからタチが悪いんだけど、政治家も経営者も自分ごとじゃない。
これが問題の本質。
国民性なのでしょうか? 理由はともあれ一度逃げ出したトップを再選させた国民ですからね。世界からみれば、嘲笑の的となっても仕方ありません。
アベノミクスと言われてますが、前回同様、小手先のスタンドプレーとならないよう、しっかりと監視していきたいですね。おぼっちゃま総理なので目が離せません。
特に強引にインフレ、円安という小手先ではデフレ脱却は難しいというか、質を落とした企業経営者では乗り切れない荒波となるかもしれません。賃金が下がり、収入が減った状況で増税とインフレによる物価高騰はかなり犠牲者を出すような気がします。
そのような2013年においての当社の経営ビジョンですが、昨年末に大型の取引先が2社増え、責任の重さを感じています。小規模な経営体力だけに「力」が分散しないよう工夫していきたいと思います。 また、今年度は、新事業の開発にも取り組んでみたいと思います。
今年も引き続き、よろしくお願い申し上げます。
2013年元旦
世田谷の自宅にて

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HISTORY

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話が長くなります。

社会人になったのは1983年だから、今から30年前。最初はネットワークシステムプログラマとしてスタート。当時は汎用コンピュータしかない時代でIBMワルードでした。MVSというOSにアセンブラという言語を使いVTAM-RYOのプログラミングをしていました。Oc4のアベンドの繰り返しだった。 その後、TCP-IPのプロトコルをメインフレームに実装するプログラミングやSNAとTCP-IPのプロトコル変換プログラム開発とかしていました。それが1980年代後半の出来事。その後、1991年より海外駐在員としてロンドンで6年ほど暮らしました。1996年後半に日本に戻り、東京でインターネット関連の事業開発を色々と手がけることになりました。 amazon.comのリコメンデーションエンジンを開発した会社と提携し国内導入をしたり、RSAの技術開発会社やネット決済用のペイメントゲートウエイなどの開発元との提携、国内導入の支援などをしていました。同時に、東京で電子商取引関連のコンソーシアムを立ち上げたりインターネット事業開発にもどっぷり浸っていました。 当時働いていた会社を2000年にスピンアウトし、ゲイトグループ株式会社を港区白金でスタートしました。

2000年設立当時は、前職の大きな組織の一員だった感覚が抜けず、自営業の基本に気がつかずインターネットバブルもはじけ、目標だけが一人歩きし苦戦を強いられる3年間を過ごしました。日々、資本金を食いつぶし、自分の退職金もほとんど食いつぶしながら、ベンチャーキャピタルの投資アドバイザーしたり、大手メディアでE-Commerce関連のコラム執筆したり、ソーシャルメディアの前身のオンラインコミュニティのコーディネイトをしたり、片手間でB2Bコマースのプラットフォーム開発をしたりの毎日でした。 仕事は面白いけど、なんだか血を売って命繋いでいるような気分でした。債務超過で倒産寸前な感じも経験しました。 そんな感じの中、2004年ころから不動産仲介サイト構築を請け負い型で開発、運用するようになりました。不動産売買取引なんぞ全く知らない状況でとにかく不動産流通の仕組みを勉強しつつ、そこに流れる情報を分解し、ネット適応する形でデータベース化し組み立て直すという作業でした。同時にその会社の営業マン全員に情報発信してもらうための営業マンブログという仕組みを考案し連動させました。導入した不動産会社のネット業績は急増し、高く評価頂きました。しかしその業務委託契約も担当責任者が変わった段階で契約解除となりました。自営業型下請けの辛さというか、実績とか能力に関係なく切られる時は切られるんだなって勉強しました。 そんなこともあり、零細企業である当社の事業構造を根本的に見直さなければ、この先も同様のことが予想されるなぁと考えました。不動産の仕事を通してどっぷり勉強させて頂いたおかげで不動産の情報流通情報システムの知識面ではかなり習得できました。

2005年ころ新築マンションポータルのサイト運営会社(零細企業)の経営者と出会い、共同でサイト開発/運営を始めましたが1年後にその相手会社が倒産し、そのサイトの営業権の譲渡(開発リスクも運用リスクもを含めて)されました。 そして当社でシステムの完全リニューアルをし、システム運用をすることになりました。しかし、その直後に、米国でのサブプライムローン問題が発生。翌年リーマンショック。システム利用で契約していたマンションデベロッパー企業が軒並み倒産(30社のうち17社)という事態でサイト運営が困難となり2008年半ばでサイト閉鎖することとなりました。

サイトを閉鎖しないといけないことは、サブプライムローン問題(2007年夏頃)が発覚したと同時に肌で感じていました。一方で、これからは中古住宅流通の時代になるだろうとひらめき「中古不動産売却サイト」を作りはじめていました。それが「不動産価格.net」でした。一気に開発を進め、2007年11月にベータ版をリリースし、2008年4月から本格展開を始めました。それが現在の当社の主力事業となり、経営の転機ともなりました。自営業ゆえに身軽に行えたんだろうと思います。

不動産価格.netを試験運用しながら、営業を必死に進めて行きました。零細なベンチャー企業が不動産業界の大手企業に営業しても門前払いの連続でした。そもそも不動産業界には一切コネクションはなく一社一社、代表電話から飛び込み、体当たりでした。「成果(査定情報を転送)が出たら翌月末お金払って下さい。成果が出なかったら投資ゼロです。成果のクオリティが悪かったら返金します」の結果ありきの後払い(成果保証型)の一本槍で営業してきました。一社、一社丁寧に説明し、試験採用からスタートしてもらい、徐々に成果が出て、少しずつ大手各社に採用されるようになってきました。そして、今では、三井不動産リアルティ、住友不動産販売、東急リバブル、野村不動産アーバンネット、三菱地所リアルエステートサービス、東京建物不動産販売、三菱UFJ不動産販売、大京リアルド、近鉄不動産、阪急不動産、大成有楽不動産販売、小田急不動産など32社(平成25年1月1日現在)と殆どの不動産流通の国内名門企業のほどとんが国内全店舗で採用頂いています。

平成25年現在、情報サービスを提供するまだまだ零細な自営業者です。

インターネットも社会浸透しているとは言え、未だにネットビジネスには「胡散臭いサービス(ビジネス)じゃない?」という印象をもたれている方も少なくないと思います。不動産流通業界もクリーンなイメージを浸透させようと努力されていますが、バブル時代の悪印象があったりする、情報が隠匿/操作されている場合もあり、あまり良いイメージが無い場合も多々あります。 もちろん一般の生活者の多くは、インターネットや情報技術、不動産取引などに関する知識は少なくリテラシーが低いという点も否めません。 一般生活者がもっとインターネットの仕組みや情報サイトをよく知る、不動産流通取引の仕組みをよく知る、ことができれば、目も利いて正しい選択ができるようになると思います。

業界サイドとしても、ネット業界は未熟な企業が乱立し自社が儲ける為に手段を選ばずやらせや迷惑な情報配信をしている業者が多い現実を改善しなければなりません。不動産業界においても同様で、各社の企業としてのコンプラアンス管理を徹底し、取引情報の隠匿/操作など不透明なことをする悪い慣習を減らすように互いに監視しあい業界自浄への流れ(透明化)を作る事が課題だと思います。

そういう意味では当社のビジネスすべき領域は無限にあります。

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